湯遊茶々 弐

申し込むだけ申し込んでほったらかしでした……。

熊に見間違えられた事はありますか。

私はあります。


あれは海沢渓谷へ滝の写真を撮りに行った時の事。
初めての奥多摩で土地勘もなく、駅でもらった地図を頼りに、行きはよかったのです。
道は舗装されており、キャンプ場の横を抜ける、車でも通れる道を登って行くだけでしたから。

問題は帰りです。

おとなしく元来た道を戻ればよいものを、行きと違う道を選んだのが間違いの元でした。

最初こそ舗装されていましたが、途中で砂利に変わり、最後は山道に。
極めつけは(峠にたどりついた頃)、

「熊に注意!」

の、看板。

既に2キロほど歩いてしまったので、戻る気になれず(既に時刻は15時を回った頃、下手をしたら下山途中で日が暮れてしまいます)、かといって峠の先、尾根に沿って下る道はどうみても山道です。

しかし、急げば1時間ちょっとで降りられそうな感じです(あくまで地図上の見た目の話)

ひとりぼっちの奥多摩山中で熊に出会う。

できれば避けたかったのですが、意を決して尾根を下る事に。

熊よけの鈴はありませんから、歌を歌いながらです。

かなり間抜けですが、熊の方で避けてくれればしめたものです。

歩き出して数十分、物音に驚いてよく見ると、ハイカーといった風情の年配のご夫婦が先行して歩いているのが見えました。

よかった!少なくとも一人よりは心強い!

と、思って追いかけたのですが、ちょっと行ったところで見失ってしまいました。

先方も急いでいたのか、まあ、運がよければ追いつくだろうと、再び山を降りまして、ある程度整備された遊歩道近くで、無事、先行するご夫婦に再会できました。

私が近づくと、ご夫婦は少々顔をこわばらせて、

「あら、人だったんですね、てっきり熊かと思って走って逃げちゃったんですよ」

















その日、私は黒いチノパンに黒いTシャツ。
最初はクリーム色の帽子をかぶっていたんですが、山道の日陰に入ったところで脱いでしまっておりまして。

確かに、遠目で見たら黒いカタマリにしか見えません。

それが追いかけてきたらさぞかし怖かったでしょう……。

驚かしてすいません、とお詫びしつつ、そのままご一緒に山を降りました。
途中の木場で、近所の人に、先週この近く(木場)でも熊が出たよ、という話にちょっとゾッとしながら。

奥多摩にも熊がいるのだ、という事に新鮮に驚きました。
人間が生きている場所というのは、案外広いようで狭いのかもしれません。

さて、別件で日本最大の熊害(ゆうがい)事件をご存知でしょうか。

三毛別羆事件

大正時代の北海道で実際にあった事件だそうです。
奥多摩にいるのはツキノワグマですが、ヒグマと隣り合わせに生活している北海道の地域の方々にとって、熊害というのは遠い世界の出来事ではないのでしょう。

かと思えばこんな事件があったり。

女子中学生キックで熊退治、キャンプの危機を救う。

三毛別羆事件は小説にもなっているようで、先日読みました。

羆嵐 (新潮文庫)

羆嵐 (新潮文庫)

自分の知っていること、生きている世界はとても小さいです。