グレッグ・イーガンの短篇集「祈りの海」を図書館で借りたのですが、今日が返却期限だったので、読み終わる前に返してしまいました。
10編入っている短編中読み終わったのは最初の三本。
もう一度借りるか、もしかしたら買っちゃうかもしれません。
ひとつ印象に残った話があったので、少し触れてみます。
未読でネタバレがイヤな方はスルーして下さい。
印象に残ったのは「キューティ」The Cutie (1989)
子供が欲しい!
パパになりたい!
と、強く願って、パートナーに去られた主人公が、思い余って「キューティ」という赤ちゃんもどきを育てる話です。
キューティは遺伝子操作で4歳に達すると死んでしまう、知能も発達しない生命体です。
ただし、主人公が買ったのはコピー品。
その為か、主人公のキューティ「エンジェル」は成長し、主人公を「パパ」と呼ぶようになってしまいます。
設計通りであれば4歳には死んでしまう「娘」に、主人公はその恐怖を見せまいと努力しますが、自身は、「別れ」が来る前に娘と心中を図るべきか悩みます。
知能を持たないはずが、成長した娘の可能性を信じつつ、Xデイを待たなくてはならないという状況に苦悩し続けるのです。
主人公は思います。
娘に「人間性」(この場合は主人公をパパと呼ぶ知能の発達)が見えなければ、こんな風に悩むことは無かったのかもしれないと。
でも、人間性が育ち、それどころか会話も成り立つ自分の子供たちすら、放置し、餓死せしめる母親はリアルに存在します。
4歳になれば自然死する赤ん坊のような愛玩物が存在するような世界観でも、その生物に「人間性」が垣間見えた事による葛藤でこの話は成り立っていますが、現実ではその斜め上をいくような事が起こっているというのが……。