湯遊茶々 弐

申し込むだけ申し込んでほったらかしでした……。

自分をもっと哀れんでもいいんじゃないかと思った

昨年の1月末に解雇予告をされ、
妊娠したと思ったら流産、
もっと自分ってかわいそうって言ってもよかったんじゃなかったかと今更思います。

でも、地震があって、多くの人が災害に見舞われて、私は職と結局成長できなかった受精卵を失った(それでも人によっては我が子、とみなす方もいるんでしょうが)だけで、家族も健在で、かわいそうがるのなんてバチがあたるんじゃないかなと思っていた節があります。

でもやっぱり思い出すとツラいし、
時々、あの時の受精卵がちゃんと育っていたら7月頃に生まれていたりしたんだろうかとか、
ぼんやりと考えたりする事があります。

今だってとても幸せで、
仕事もみつかったし、
とても恵まれていると思うけれど、
誰かと比べてどうとか、
他の人がこうだからとかではなくて、
単に私が辛くて、苦しかったんだよなあ、あの頃は。

そう思います。
人に哀れんで欲しいのではなくて、ただ、自分が辛かった事を自ら認めてあの時はしんどかったんだよ……と、ぼんやり思った1日でした。