湯遊茶々 弐

申し込むだけ申し込んでほったらかしでした……。

青空文庫を読もう

無料で過去の名作がたくさん読める青空文庫。 しかし、強く『読みたい』という気持ちにならなかったり。 無料だし、いつでもいいか、と、思うと、案外後回しになってしまうのです。

図書館から借りてきた本は期限があるので、返却日までにはなんとかしようと思うのですが、やはりいつまでにやらないとという拘束力めいたものがないと、なかなか行動にはできません。

さて、テレビ朝日のドラマに、木村某氏主演のシリーズが始まる事となり、夕方の再放送が微妙に木村某氏にコンタミネーションされ(ひどい)、落ち着くのを待っていたんですが、やっと本番のドラマが始まってくれたおかげで、科捜研の女と相棒のヘビロテが戻ってまいりました。やった!

早速昨日は科捜研の女の再放送を見るべく、昼食の後からTVのチャンネルを5にして、待機していました。はりきって「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」から見ていたところ、「東京サイト」(東京都の広報番組、都内の施設紹介などをしている番組)で、「樋口一葉記念館」の紹介がありました。

ここまでが枕で、これから本題ですが。

台東区にある、「樋口一葉記念館」は、全国初の女性文学者の単館記念館なのだそうです。

樋口一葉といえば、五千円札にもなっていて、とても有名な女流文学者ですが、きちんと著作を読んだことがないなあ、と思い立ちました。

ガラスの仮面の劇中劇で『たけくらべ』を見て、なんとなく知ってる気持ちになっちゃってたんですが。

そんな時こそ「青空文庫」なわけで、さっそくタブレットから閲覧しようとしたところ、樋口一葉wikipediaページが。

その中に、こんなエピソードがありました。

名家の令嬢であった田辺龍子(三宅花圃)は「思い出の人々」という自伝の中で、「萩の舎」の月例会で、友人と床の間の前で寿司の配膳を待ちながら「清風徐ろに吹来つて水波起らず」という赤壁の賦の一節を読み上げていたら、給仕をしていた猫背の女が「酒を挙げて客に属し、明月の詩を誦し窈窕の章を歌ふ」と口ずさんだのに気付いて、「なんだ、生意気な女」と思っていたら、それが一葉で、先生から「特別に目をかけてあげてほしい」言われて紹介されたと、初めて一葉と会ったときのエピソードを紹介し、一葉は女中と内弟子を兼ねた働く人のようだったと書いている(このとき一葉15歳、龍子18歳。のちに2人は萩の舎の二才媛と呼ばれた)

二人の才媛!

なんて素敵な響き!

対面したことはないそうですが、紫式部清少納言とか、与謝野晶子平塚らいてうとか、村岡花子柳原白蓮とか!

おお、なんだこれ、知らなかったぞ!

と、三宅花圃さんを初めて知りました。青空文庫にも一作だけ入っています。「藪の鶯」という作品です。

さて、樋口一葉さんの方ですが、どうせ読むなら発表された順番にしようと思ったんですが、アプリの青空文庫は、発表年が一覧になっていなかったので、ここにメモしておきます。

闇桜って、なんか、すごく、ケータイ小説っぽいですね……タイトルが。

闇桜(1892年3月『武蔵野』)

別れ霜(1892年4月『改進新聞』)

たま欅(1892年4月『武さし野』)

五月雨(1892年7月『武さし野』)

経づくえ(1892年10月『甲陽新報』)

うもれ木(1892年11月『都之花』)

暁月夜(1893年2月『都之花』)

雪の日(1893年3月『文學界』)

琴の音(1893年12月『文學界』)

花ごもり(1894年2月『文學界』)

暗(やみ)夜(1894年7月『文學界』)

大つごもり(1894年12月『文學界』)

たけくらべ(1895年1月 - 1896年1月『文學界』)

軒もる月(1895年4月『毎日新聞』[30])

ゆく雲(1895年5月『太陽』)

うつせみ(1895年8月『読売新聞』)

にごりえ(1895年9月『文芸倶楽部』)

十三夜(1895年12月『文芸倶楽部』)

この子(1896年1月『日本乃家庭』)

わかれ道(1896年1月『国民之友』)

うらむらさき(裏紫)(1896年2月『新文壇』)

われから(1896年5月『文芸倶楽部』)