湯遊茶々 弐

申し込むだけ申し込んでほったらかしでした……。

「しつけ」という言葉からイメージされるネガティブさ

どうにも、「しつけ」という語感が好きになれません。
wikipediaを見たら、

人間または家畜の子供または大人が、人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように、訓練すること。

と、ありました。
家畜という言葉のイメージもあまりよい意味では使われないと思うのですが(意味通り産業動物という印象もありますが、人間の為に都合よく品種改良されたイメージがつきまといます)、その家畜と同じレベルで扱う言葉なわけです。

言葉狩りをしたいわけではないのですが、語感がもつイメージとしては、

「誰かが」
「自分の都合のよいように」
「相手の行動規範をいびつな形で矯正する」

という印象があり、およそ子供や人に対して(なんとなれば動物にも)使う気になれないのです。

ポジティブな意味で(古く文化に根付く教育のあり方として)使っている方ももちろんいらっしゃるのでしょうが、私の持っている印象では上記の通りなものですから、おしおきとセットになっているような気がしてしょうがないのです。

今、子供を育てていて、これは教育だろうか、しつけだろうかと自分に問うたりする事があります。

人によっては同じ事なんでしょうが、相手の意志を尊重しないこちらの都合を押し付けるようなやり方だけはしたくないな、と、自戒も込めて思うのでありました。

幸いにして、娘はこと言語に対しての発達がめざましく、こちらの言っていることもある程度わかっているようですし(意識的に無視しようとする事すらあります)、本人もああしたい、こうしたいというのを(泣きながらの時もありますが)言葉にしょうと努力している風なのでとても助かっています。